(2008年02月14日)
[道しるべ] Non大豆相場で「昔の名前」
歴史的な大相場になったNon―GMOには「昔の名前の相場師」が参加して市場を賑わしたそうだ。乱高下したのはそうした相場師が勢ぞろいで大きな手を振り価格操作したせいだとする風潮もあると聞くが、事実誤認も甚だしいのではないか。なかにはバリバリの現役も居てそうした意図で手を振ったかもしれないが、ここで言う相場師は皆ご高齢で、そんな大きな玉を張ることなく久しぶりに到来した輸入大豆の大相場を楽しんでいるだけである。
本紙のコラム蛎殻町便りでもたびたび登場した山梨筋こと霜村昭平氏も現役引退後かねがね「輸入大豆で大きな相場があれば」と周囲に漏らしていたので、今回の大相場を黙って見ているはずがなかった。
「師」と呼ばれる以上、その道の先生でなければならないし、師匠でなければならない。
しかし、そうした技能を教えてくれる養成学校もなければ、これで卒業というライセンスも与えられることはない世界である。
一生のすべてが自己研鑽なのである。
そうして世間に仕手筋と認められて、華々しい活躍をすることになっても時には相場に討たれて悲哀を味わうこともあるし、勝利の美酒に酔いしれることもある、そんなドラマチックな職業なのである。本紙が連載した勝馬筋こと山崎憲一氏も今回のNon―GMOの大相場を楽しんだ「昔の名前の相場師」の1人だった。最初は前述の霜村氏にチョーチンを付けて相場に勝つ技能を身に付け、それこそ研鑽を積んで後に生糸と乾繭での仕手筋となるのである。皆相場が3度の飯より好き、なのである。
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