(2008年06月26日)

[道しるべ] 日系人、ブラジル農業に貢献

 周知の通り、今年は日本人がブラジルへ初めて移民(1908年)して100周年を迎え、全国各地で記念行事などが行われている。その100周年を迎える前から日系ブラジル人による日本への「出稼ぎ」が活発になっている。  日系ブラジル人の出稼ぎの受け入れ先として多大な貢献をしてきた群馬県大泉町で、日伯センター代表取締役を務める高野光雄氏も、今から約20年前、出稼ぎとして日本へ戻って来た。

 その前は30年間ブラジルで生活。渡伯したのが1960年。23歳の頃だったという。ちなみに同氏はブラジル国籍を有していない。日本での選挙権を保持していたかったからだという。

 ブラジルで同氏は様々なビジネスを営んだ。農業では野菜や果物などの栽培に着手し、一財産を築いた。

 農業に従事していた一時期は「欲しいものは何でも手に入るという感じで、どんどんお金の入ってくる面白い仕事だった」と楽しそうに当時を振り返る。

 【苦渋の移民史を理解】

 同氏のようにブラジルへ移住・移民した人々がいかに同国の農業ひいては経済の発展に大きな貢献をしたかは、横浜の海外移住資料館を訪れると理解できる。それだけでなく、移民することがいかに勇気のいるものであったかがわかる。

 現在の日伯関係はこうした移民たちの想像を絶する苦労のもとに育まれてきたことを痛感する。「移民」に始まり「出稼ぎ」へと続く両国間の健全な交流を見ると、次の100年も有意義なものになりそうだ。

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